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2009年1月19日(月)
阪神淡路大震災から14年

 一昨日、阪神淡路大震災から14年目の追悼行事が大きく報じられていた。
あの時、京都でも大きく揺れ、揺れが収まるまでの恐怖感はよく覚えている。
その後、神戸方面に住むしんせきなどに電話をかけるものの、全くつながらず
『これは相当な事が起こっているな・・』と戦慄したことが鮮明によみがえる。
 震災後半年くらいたってから、支援活動や行政交渉などで尽力されていた
S牧師からの依頼で、西宮のプレハブの仮設会場でおこなったおもちゃ教室、
1年くらいたってから、神戸の幼稚園でおもちゃ教室をやり、園長室に震災当時
の園の被害写真がたくさん飾ってあったことなど・・・とても、なにか復興支援活動
をしたとは言えないほどの関わりではあったが、いろいろなことを思い出す。
 ただ、震災以降、家を失う・身近な人を失う・ライフラインを失うことなどが、
ある種の実感を伴ったシビアなものとして心の中に刻まれたのは事実だし、それはきちん
と持っておかなくてはいけないなと思う。
 

2009年1月11日(日)
ウォーキング強化

 先日、久しぶりに琵琶湖湖畔のなぎさ公園で
ウォーキング。寒い日だったが、むこうまでなにもさえぎる
ものが無いスカッとした琵琶湖の眺めはきもちが良かった。
 昨年末に、毎年一回受けている人間ドックで、中性脂肪値が
高いと言われ、脂肪肝も指摘されたので、ウォーキング強化
を心がけている。4〜5年前にも同様に指摘され、「運動をもっと
してください」と医者から言われ、その時は「憑かれたように」
平日は近所、休みの日はいろんな所と歩きまくった。その
結果翌年は「問題無し」との判定。ところが、1年、2年とたつ
うちに忙しさにかまけて歩く回数も減ってきていた。しかも、成長期の
二人の息子に合わせたボリュームのある食事メニューになりがちな
我が家で、ついついこってりと食べ過ぎてもいたし・・・。
去年の結果は、内心『やっぱり・・』と思っていたので、また心を入れ替えて
まめに歩くことにしたのだ。
 琵琶湖の対岸、はるかむこうの比良山系は、真っ白に冠雪していた。
 

2009年1月5日(月)
アイデア

 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。

 新年だから何故めでたいのかな?実はよくわからない。
うれしいこと、悲しいこと、気がかりなこと、いろいろな想いを
ひっさげて新年はやってくる。一言で「おめでとう」ってくくれる
ほど単純なものでもない。きっと、それでも「いいことがありますように」
というささやかな願いをこめて「おめでとう」と皆言うんだろうな・・。

 1月2日、妻の大阪の実家で朝一人で散歩。近所の
河原にある遊歩道をサッサッと歩く。(のんびり歩くという
ことがあまりできないタチなので・・・)歩いているときという
のはけっこうものを考えられる時間だ。仕事上の案を出さないと
いけないことが2〜3あり、まわりの自然を見ながらいろいろ
と頭をめぐらせる。いくつかアイデアの芽みたいなものは
浮かんだ。形になるかどうかはまだわからないが・・。
 雑誌や新聞などで取材を受けると、私のおもちゃ
について「こういうアイデアはどうして思いつくんですか?」と
よく聞かれる。「いろんなものをみているときにふと・・」とか
「こどもが遊んでいるところからヒントを得て」とかそのつど
いろいろ答えてきた。でも本当のところは自分でもよくわからないのだ・・・。
ただ、言えることは、なにも考えようとしていない時にふっとアイデアが降って
くるというのは無いということ。頭を「考えよう」モードにして、ああでも
ないこうでもないと発想していると、上で書いたような「アイデアの芽」が
パズルのピースのようにいっぱい脈絡なく出てくる。それが
ある時、いくつか統合されて、新しいレベルの「案」にパッと心の中で
昇格してくる瞬間があるのだ。(弁証法的にいえば、「量から質への
転化」というようなものかな・・)それがいわゆる「ひらめいた」
瞬間なのかもしれない。ただ、そのためには「パズルのピース」を
いっぱい見つけたり広げたりする作業が不可欠であって、無からは
なにも生まれないと思う。
 今年はいいアイデアが生まれるだろうか?なかなか思い浮かばない
けど年齢のせいにはしたくないものだ。

 

2008年12月30日(火)
納戸の整理

昨日、今日と、納戸の中の整理。我が家の3階は子ども部屋1つと
納戸が2部屋という構成になっているのだが、12年前に建てて
いろいろと詰め込んだまま今日に至っていた。納戸の広いほうの
部屋は、3畳くらいあるので本来なら「ウォーキングクローゼット」
になるはずなんだけれど、詰め込んだ物がいっぱいで、入り口を
入って1m四方くらいしか動けない「スタンディングクローゼット」に
成り下がっていた。今回、中の古い衣類や子どもの古い教科書とか
どんどん処分し、ずいぶんスペースができてきた。でも、作業の途中
子どもが小学校の頃書いた作文などが出てくるとついつい読んで
しまったりして気がつくと時間がたっていたりする・・。
 私は古いものはけっこう未練なくどんどん捨てるほうなのだが、妻は
「この服は周(次男)が赤ちゃんのときよく着てたのやから可愛いから
記念に置いとく」とか言って、けっこう残したがる。出てきたもの一個一個
で「残す」「捨てる」論争になってまたまた時間がたってしまうのだった・・。


2008年12月28日(日)
かたつむり

写真のかたつむりのおもちゃは、ある保育園に
収めたもの。引っ張ると殻の部分がくるくる回り
中の玉がカラカラと音をたてる。殻の部分は取り外して
ガラガラ的に遊べる。
ま、オーソドックスといえばオーソドックスなプルトーイだ。
 この保育園のクリスマス行事で、0歳児へのプレゼント用に
依頼を受け、考えたものだ。
もう10何年も続いているが、毎年違うおもちゃを考え
るのが楽しい。0歳から1歳(歩きはじめの時期)に
ふさわしいものという条件で、いろいろと作ってきた。
玉をころがすもの、写真のようなプルトーイ、形の違う
穴にパーツを落とすもの、などなど・・。ふだん定番と
しているおもちゃよりはオーソドックスなものが多いが
こういうのを作るのもいい勉強になる。10何年前に
作ったものなんか今となっては恥ずかしくて見れない
・・。

 毎年、これを収めたら仕事収めという感じなのだが、
今年はまだ少しずるずると仕事が残っている。年内に終えなくては
ならない仕事でもないのだが、オフモードに入ると大掃除とか家の
仕事に駆りだされるのでいつまでも仕事に逃げているのだ・・・。
でもそれも12月29日が限度かな・・。

2008年12月20日(土)
ハンモック

仕事場にハンモックを吊った。以前作ったロフトの柱や梁を
利用して吊ってみたのだ。ハンモック本体は「1000円ショップ」
で購入。
 以前、沖縄の植物園の東南楽園のなかにハンモックがあって
とても気持ちよかった覚えがあり、いつかほしいなと思っていたの
だ。
 吊ってみたハンモックの寝心地のほうはというと、これがなかなか良い。
仕事の休憩、昼寝、本を読むなどいろいろと楽しめそうだ。
気持ちよすぎて、眼が覚めたら夕方・・ということにならないようにしなきゃ。


2008年12月8日(月)
友人達と

土曜日の夜は、学生時代の友人夫婦2組とうちとの計3組でちょっと早い
忘年会。うちの夫婦を含めて6人中4人は京都出身ではなく
大阪人。でも何故か3組とも近所(宇治市木幡)に住んでいる。
 焼肉屋でやったのだが、皆50を過ぎているので
もう少し「和食」とかのほうがいいのかな・・・。逆に
いえば元気な証拠かもしれないが。でも、彼らと知り合ったのが
ちょうど今の長男とほぼ同じ年くらいの時なんだな・・・と思うと
不思議な感じがしてくる。『年月が経ったな・・・皆なんやかんやいうてふけたなあ』
と思う半面、『結局皆本質はなにも変わってないな』と思う。日常の生き方はたぶん皆
ずいぶんと道が分かれてしまっているはずなのだが、会うと空気は昔のままになってしまう。
若いときからの友だちってそんなもんなんだろうな。



2008年12月3日(水)
紅葉

 ここんところ忙しくて日記も書けていなかった。
ただ、連休や日曜日は時間を作って歩きに行くようにはしている。
 京都の紅葉の名所はどこへ行っても混んでいるのでそういうと
ころは避けて、宇治の近場で山道や散歩道を「開発」している。


 



Mtoys日記

毎日は書けないけど、、ひごろ考えていることを垣間見てもらえたらいいかな
と思います。